
所沢いそのクリニック院長の磯野誠です。
今回は診療の話ではなく、私自身のことを書かせていただきます。少し長くなりますが、お付き合いいただけましたら幸いです。
2026年7月31日、東京・三田にある、真言宗高野山派の大本山弘法寺(こうぼうじ)で得度しました。
得度とは、仏教において僧侶としての道を歩みはじめるための儀式です。戒を受け、仏の教えを学び、実践していくことを誓います。
誤解のないように先に申し上げますが、私はこれまでどおり所沢いそのクリニックの院長として診療を続けます。診療を離れて寺に入るわけではありません。
それでも、この節目を自分の人生にきちんと刻んでおきたいと考えました。
なぜ得度したのか
仏教では、人が避けて通れない苦しみを四苦八苦「生(しょう)、老(ろう)、病(びょう)、死(し)、愛別離苦(あいべつりく)、怨憎会苦(おんぞうえく)、求不得苦(ぐふとっく)、五蘊盛苦(ごうんじょうく)」といいます。
医師という仕事は、まさにこの四苦「生老病死」に、毎日正面から向き合う仕事です。
医師になったばかりのころの私は、病気を取り除けば人は幸せになれると信じていました。
しかし、実際は違いました。病気が治っても晴れない表情の方がいます。
反対に、大きな病気を抱えながらも穏やかに笑っておられる方がいます。
病を取り除くことは私の仕事の中心ですが、それだけでは人はよく生きられない。
診療を重ねるほど、この事実が重くなっていきました。
私が専門とする泌尿器科は、とりわけそれを感じる分野です。
夜中に何度もトイレに起きる。急にがまんできなくなる。尿がもれる。こうした症状を「恥ずかしい」「年のせいだから仕方ない」と思い込み、旅行をやめ、趣味をやめ、人と会うことをやめてしまう。医学的には手立てがあるのに、受診にたどりつく前に、ご自身の人生のほうを小さくしてしまう。
病そのものよりも、思い込みとあきらめが人生を狭めている——これに医師としてどう向き合えばよいのか。医学書には書いてありませんでした。
そして私自身も、悩みや迷いを抱えたひとりの人間です。
人に「よりよく生きましょう」と申し上げる前に、自分がどう生きるのかを学び直したい。
そう考えて仏道学院の門をたたき、学び続けてきた延長線上に、今回の得度があります。
学びのなかで、いま残っていること
半年間、真言宗をはじめとする仏教の教えに触れ、日常の中で苦しみとどう向き合うかを学ばせていただきました。そして少しずつ自分の内側が満たされてきたとき、ふと顔を上げて周りを見渡し、大切なことに気づきました。
私が日々おこなっている医療という仕事は、患者さんの不安や悩み、苦しみを取り除く仕事である。それはまさに、「抜苦与楽(苦を抜き楽を与える)」という教えそのものに通じているのだ、と。
また、心に残っているのは、「対機説法(相手の状態に応じて説き方を変える)」という教えです。
以前の私は、正しいことを正しく伝えれば人は動くと思っていました。自分が正しいと思う生き方を、そのまま人に勧めていました。
けれども、同じ病名、同じ検査結果であっても、その方の年齢、お仕事、ご家族、価値観、これまでの経験によって、受け取り方はまったく違います。
ある方にとっての最善が、別の方にとっては最善ではない。
正しさをそのまま渡すのではなく、その方に届く形にして渡すことが必要なのだと学びました。
これは、そのまま診療のことでもあります。
前立腺がんの治療をどう選ぶか。PSAの数値をどうお伝えするか。手術を勧めるのか、経過をみるのか。教科書的な正解を一方的に告げるのは簡単です。
しかしそれでは、ご本人は決められません。ご自身の言葉で決められるところまで一緒に歩くことが私の仕事だと、あらためて思うようになりました。
まだまだできていません。これからも学び続けます。
これから
これからの私のテーマは、「抜苦与楽(苦を抜き、楽を与えること)を生涯の仕事にする」ことです。
クリニックとして
私は、誰にも言えなかった悩みが最初に持ち込まれる場所を、この所沢につくりたいと思っています。 尿の悩み、前立腺の悩みで後悔する方をゼロにしたい。これは大げさな理想ではなく、日々の診察室での実感から出てきた目標です。
検査の数値を治すのではなく、目の前の方の不安を軽くする。そのために、私自身がまず「心ここにある」状態で、その方の前に座ること。
そして、クリニックという場そのものを、そこで働くスタッフにとっても明るく、温かく、軽い場所にすること。
経営者としての私の仕事は数字を追うことではなく、人が安心して力を発揮できる場を整えることだと、今は思っています。
そして、情報発信を続けること。
診察室の外にも出ていきます。YouTubeでの情報発信、書籍の執筆、学校医・産業医としての活動、地域の行事への参加。単なる知識の提供ではなく、不安を抱えた方の心を軽くするための実践として。「困ったら病院へ」ではなく、「困る前に知っておく」を届けたいと考えています。
私個人として
学び続けること。家族、スタッフを大切にすること。そして、自分自身の心と身体を整えること。
最期に「十分に生きた、よい人生だった」と言って終われるように、これからも精進してまいります。
おわりに
仏道学院での学びは、いわゆる宗教学の勉強ではありませんでした。よりよく生きるとはどういうことかを、正面から問い直す時間でした。学ぶ機会をいただいた弘法寺、そしてご指導くださった先生方に、心より感謝申し上げます。
得度したからといって、明日から私が急に変わるわけではありません。 ただ、診察室でお一人おひとりに向き合う姿勢は、確実に変わったと思っています。
これからも、地域の皆さまに安心してご相談いただけるクリニックであり続けられるよう、日々精進してまいります。 引き続き、どうぞよろしくお願い申し上げます。
医療法人社団こころ 所沢いそのクリニック 理事長・院長 磯野 誠


