前立腺がんの監視療法(積極的監視療法)とは? 低リスクなら手術を急がなくてよい理由を解説

院長ブログ

前立腺がんと診断され、「すぐに手術を」と勧められた——。そこで急いで決めてしまう前に、知っておいていただきたい選択肢があります。前立腺がんの中には、すぐに治療しなくても10年間で約半数の方が追加治療不要のまま過ごせるタイプがあるのです。

この記事では、「監視療法(積極的監視療法)」について、対象となる条件・10年間の追跡データ・手術の副作用との比較まで、わかりやすく解説します。

前立腺がんは日本人男性で最も罹患者数の多いがん

前立腺がんは、日本人男性のがんの中で最も罹患者数が多く、年間約9万人が新たに診断されています。罹患者数は年々増加傾向にあります。

一方で、前立腺がんは他のがんと比べて進行が非常にゆっくりなタイプが多いことでも知られています。10年以上にわたって大きな変化を起こさないケースも珍しくありません。

だからこそ、全員が同じ治療を受けるのではなく、「自分はどのタイプの前立腺がんなのか」を正しく知り、タイプに応じた選択肢を検討することが非常に重要です。

監視療法(積極的監視療法)とは

監視療法とは、がんを放置するのではなく、定期的な検査を続けながら、がんの状態を注意深く「見守る」治療方針です。積極的監視療法(Active Surveillance)とも呼ばれます。

具体的には、PSA(前立腺特異抗原:前立腺の異常を早期に察知できる血液検査の数値)を定期的に測定しながら、がんが大人しいうちはあえて手術や放射線治療を行わず、変化のサインがあれば速やかに治療へ切り替えるという考え方です。

「がんなのに様子を見るなんて怖い」と感じる方は少なくありません。実際、米国の研究では、監視療法の条件を満たしているにもかかわらず、約40%の方が不安を理由に監視療法を選ばなかったというデータがあります。

しかし、大人しいタイプの前立腺がんに対して、後述する手術の副作用リスクを冒してまで急いで治療する必要があるのか——。この観点を持つことが、後悔しない選択につながります。

監視療法の対象になる3つの条件

監視療法は、すべての前立腺がんの方に使える選択肢ではありません。以下の条件を満たした「低リスク」の前立腺がんに限られます。

条件 目安 意味
① グリソンスコア 6点以下 前立腺がんの悪性度を6〜10点で示す指標。6点が最も大人しいタイプ
② PSA値 10未満(一桁台) PSAが20や30と高い場合は対象外
③ がんの広がり 前立腺内に限局 リンパ節や骨などへの転移がないことが前提

逆に言えば、これらの条件を満たしていない方には積極的な治療が必要です。まずは担当医に「自分はどのタイプのがんですか」とはっきり確認することが、正しい選択への第一歩です。

グレードグループという新しい分類

最近では、グリソンスコアをもとに悪性度を1〜5の5段階で示す「グレードグループ」という分類も使われています。最も大人しいグレードグループ1に該当する方が、監視療法の対象になりやすいタイプです。診断書や説明の中でこの言葉が出てきた場合も、担当医に確認してみてください。

10年間様子を見たらどうなる?——大規模研究のデータ

「様子を見ていて、本当に大丈夫なのか」。この不安に、実際のデータでお答えします。

米国で行われた、低リスク前立腺がん患者約2,155人を10年間追跡した大規模研究(医学誌掲載)があります。対象者の90%以上がグリソンスコア6点、PSA中央値5.2という低リスクの方々です。結果は以下の通りでした。

10年間の経過 割合
手術も放射線治療も受けずにそのまま過ごせた 約49%(ほぼ半数)
骨やリンパ節への転移が起きた 2%未満
前立腺がんが原因で死亡した 1%未満

「1%でも怖い」と感じる方もいるでしょう。ただ、手術や放射線治療には次に述べる副作用があります。それと天秤にかけたとき、低リスク前立腺がんにおける監視療法は非常に理にかなった選択肢であることが、このデータから読み取れます。

手術・放射線治療を急いだ場合に起こりうる副作用

前立腺がんの手術として最も多く行われるのは前立腺全摘除術(前立腺を丸ごと取り除く手術)です。根治を目指せる効果的な治療法ですが、以下の副作用が起こりえます。

① 尿漏れ

前立腺は尿の流れをコントロールする役割を持っています。手術後しばらく尿漏れが続くことがあり、完全な回復までに数ヶ月から1年以上かかる方もいます。「手術後にパッドが手放せなくなった」という声は実際に少なくありません。

② 勃起障害(ED)

前立腺の周囲には勃起に関わる神経が走っており、手術の影響で勃起機能が低下するケースがあります。神経温存手術という方法もありますが、完全に防げるとは限りません。

③ 入院と回復期間

手術には入院が必要で、退院後も日常生活が制限される期間があります。仕事への影響や体力の消耗も無視できません。

また、放射線治療の場合も頻尿・下痢・直腸への影響といった副作用が起こることがあります。

セカンドオピニオンは患者さんの当然の権利です

「手術を勧められたけれど、本当にすぐやらないといけないのか」と感じた方は、セカンドオピニオンの利用も選択肢の一つです。前立腺がんの治療方針は、泌尿器科専門医の間でも意見が分かれることがあります。複数の専門家の意見を聞いた上で判断することは失礼なことではなく、ご自身の体を守るための当然の権利です。

途中でがんが進んだら手遅れになる?

結論から言うと、適切に監視療法を続けている限り、手遅れにはなりません

先ほどの研究では、10年間の観察期間中に約51%の方で何らかの変化が見られ、治療に切り替えたケースがありました。重要なのはその後です。治療に切り替えた方の中で、前立腺がんで命を落としたケースは確認されませんでした。つまり「切り替えのタイミングを逃して手遅れになった」ケースは、このデータの中では起きていないのです。

治療に切り替える主なサインは以下の通りです。

  • PSAが急に上昇してきた場合(数値だけでなく上昇スピードも重要)
  • 定期的な針生検でグリソンスコアが上がってきた場合

こうしたサインを定期検査でいち早くキャッチするからこそ、監視療法は成立します。逆に「なんとなく様子を見ていた」「受診をさぼっていた」では話が変わります。監視療法は厳格な定期検査があってこそ成立する治療方針です。

当院にも監視療法を受けている患者さんが複数いらっしゃいますが、治療に対する満足度は高く、手遅れになった方はいません。

監視療法中に行う検査

監視療法は「何もしない」ことではありません。以下の検査を続けながら、がんの変化を見逃さないことが大前提です。

検査 頻度の目安 内容
PSA血液検査 3〜6ヶ月に1回 数値と上昇スピードを確認
前立腺針生検 最初の1〜2年は半年ごと、その後1〜3年ごと 前立腺に細い針を刺してがん細胞を採取し、悪性度を直接確認する最も正確な方法。当院では日帰りで実施
MRIなどの画像検査 必要に応じて 前立腺内のがんの広がりを確認。近年は精度が向上

「定期的に針を刺す検査をするのか」と不安に思う方もいるかもしれません。しかし、この定期チェックこそが早期に異変を察知する安全網です。この安全網があるからこそ、監視療法は「見守る」ことができるのです。

まとめ:診察で聞くべきこと・PSA検査のすすめ

この記事のポイントを3つにまとめます。

  1. 監視療法はグリソンスコア6点以下・PSA10未満・転移なしの条件を満たした低リスク前立腺がんの選択肢
  2. 10年間の追跡データでは、約半数が追加治療不要のまま経過。転移は2%未満、前立腺がんによる死亡は1%未満
  3. 途中で変化が見られて治療に切り替えた場合も、手遅れになるケースは確認されていない(厳格な定期検査が前提)

前立腺がんと診断されたばかりの方は、次の診察でこう聞いてみてください。「監視療法という選択肢について、私は対象になりますか?」——この一言から始められます。

まだ検査を受けたことがない方は、まずPSA検査から。50歳以上の男性は症状がなくても年1回家族歴のある方は45歳からのPSA検査をおすすめします。前立腺がんは早期発見であるほど、監視療法という穏やかな選択肢も含めて治療の幅が広がります。

よくあるご質問(FAQ)

Q. 前立腺がんの監視療法とは何ですか?
A. がんを放置するのではなく、PSA検査・前立腺針生検・MRIなどの定期検査を続けながら、がんが大人しいうちは手術や放射線治療を行わず、変化があれば治療に切り替える治療方針です。積極的監視療法とも呼ばれ、低リスクの前立腺がんが対象です。
Q. 監視療法の対象になるのはどんな人ですか?
A. ①グリソンスコア6点以下(グレードグループ1)、②PSA値10未満、③前立腺内に限局し転移がない——この3条件を満たす低リスク前立腺がんの方が目安です。条件を満たさない場合は積極的な治療が必要です。
Q. 様子を見ていて手遅れになりませんか?
A. 米国の大規模追跡研究では、10年間の観察中に治療へ切り替えた方のうち、前立腺がんで命を落としたケースは確認されていません。ただし、これは厳格な定期検査を続けた場合の結果です。自己判断で受診を中断すると成立しません。
Q. 監視療法中はどんな検査をしますか?
A. 3〜6ヶ月ごとのPSA血液検査、定期的な前立腺針生検(当院では日帰りで実施)、必要に応じてMRIなどの画像検査を行います。
Q. PSA検査は何歳から受けるべきですか?
A. 50歳以上の男性は症状がなくても年1回、家族歴のある方は45歳からの検査開始を推奨しています。
この記事を書いた人
院長 磯野誠

 
略歴
・防衛医科大学校卒業 医師免許取得
・研修医(防衛医科大学校病院、自衛隊中央病院)
・陸上自衛隊武山駐屯地医務室(神奈川県横須賀市)で総合診療に従事
・専修医(防衛医科大学校病院)で泌尿器科診療に従事
・陸上自衛隊善通寺駐屯地医務室(香川県善通寺市)で総合診療に従事
・防衛医科大学校医学研究科
・デュッセルドルフ大学泌尿器科学講座(ドイツ連邦共和国)で泌尿器科がんの研究に従事
・陸上自衛隊第11旅団司令部(北海道札幌市)医務官
・恵佑会札幌病院泌尿器科、札幌医科大学病理学第一講座で泌尿器科がんの診療・研究に従事
・我孫子東邦病院泌尿器科で女性泌尿器科・前立腺肥大症・尿路結石の診療に従事
・所沢いそのクリニック開院

資格・所属学会
・医学博士
・日本泌尿器科学会 専門医・指導医
・日本泌尿器内視鏡・ロボティクス学会 泌尿器腹腔鏡技術認定医
・日本泌尿器内視鏡・ロボティクス学会 泌尿器ロボット支援手術プロクター(手術指導医;前立腺・膀胱、仙骨膣固定術)
・日本内視鏡外科学会 技術認定医
・日本透析医学会
・日本生殖医学会
・日本メンズヘルス医学会 テストステロン治療認定医
・ボトックス講習・実技セミナー(過活動膀胱・神経因性膀胱)修了
・がん診療に携わる医師に対する緩和ケア講習修了
・臨床研修指導医

院長 磯野誠をフォローする
院長ブログ