
「PSAの数値は安定してきた。なのに、お腹周りだけが膨らんでいく」「以前よりずっと疲れやすくなった」——そう感じておられる方はとても多くいらっしゃいます。
これは意志が弱いせいでも、老化が急に進んだわけでもありません。ホルモン療法が、体の代謝そのものを変えているからです。
前立腺がんのホルモン療法(正式名称:アンドロゲン遮断療法、ADT)は、男性ホルモン「テストステロン」の働きを抑えることでがん細胞の増殖を止める、非常に有効な治療法です。しかしその一方で、体全体にも大きな影響を及ぼします。
筋肉を合成する/脂肪を燃焼する/骨を強く保つ/血糖値をコントロールする。これらすべての機能がホルモン療法によって低下します。
ホルモン療法が体に起こす4つの代謝変化

筋肉が脂肪に入れ替わる
テストステロン低下により筋肉合成力が落ち、同じ食事量でも脂肪がつきやすい体質に変化します。複数の臨床データでは治療開始から1年間で脂肪量が10〜15%程度増加することが報告されています。「食べる量は変えていないのに体型が変わる」のはこのためです。
内臓脂肪が急増する
皮下脂肪よりも危険な内臓脂肪が、ホルモン療法開始後に有意に増加することが繰り返し報告されています。内臓脂肪は炎症性物質を分泌して血管を傷め、心筋梗塞・脳卒中の原因となります。見た目の変化以上に、体の内側でリスクが高まっているのが問題です。
基礎代謝が低下する
筋肉量が減ると基礎代謝(じっとしていても消費されるエネルギー)が落ちます。筋肉は基礎代謝の大部分を担っているからです。「筋肉が減る→代謝が落ちる→同じ食事量でも太りやすい」という悪循環が生まれます。
骨密度低下とインスリン抵抗性
テストステロンは骨の維持にも関わるため、治療開始から骨がもろくなり始めます。また、あまり知られていないのがインスリン抵抗性の上昇です。血糖値が上がりやすくなり、糖尿病を発症するリスクが高まることも複数の研究で明確に示されています。
こうした変化はホルモン治療による予測可能な体の反応です。原因がわかっているからこそ、正しく対処できます。
太る人がやってしまいがちな3つの間違い

善意でやっている行動が、体の変化を加速させてしまっているケースが少なくありません。ご自身に当てはまるものがないか確認してみてください。
❌ 間違い 01 食事の量を減らしてしまう
「太ってきたから食べる量を減らそう」という発想は自然ですが、ホルモン療法中には逆効果です。食事量を減らすと体はエネルギー不足を補うために筋肉を分解して燃料にします。筋肉が減るとさらに基礎代謝が落ち、ますます太りやすい体になるという悪循環を自ら作り出してしまいます。
❌ 間違い 02 有酸素運動だけやっている
ウォーキングや水泳は体に良い運動ですが、ホルモン療法中の体重増加に対して「有酸素運動だけ」では不十分です。有酸素運動は脂肪を燃やしますが、失われた筋肉を取り戻す力はほとんどありません。「ウォーキングをちゃんとやっているのに体重が落ちない」という方は、ここが原因かもしれません。
❌ 間違い 03 疲れやすいからと動くのをやめてしまう
倦怠感や気力の低下はホルモン療法の典型的な副作用です。しかし「疲れているから休もう」と動かないでいると、筋肉の萎縮がさらに加速します。疲れやすいのは筋肉が落ちているから。動かないことが疲れやすさをさらに深める「負のスパイラル」に入っています。
見落とせない心血管リスクとサルコペニア

ホルモン療法中に起きる内臓脂肪の蓄積・筋肉量の低下・血糖値の上昇——これらが重なると「メタボリックシンドローム」を引き起こします。メタボリックシンドロームとは内臓脂肪型の肥満に加え、血糖・血圧・脂質の異常が重なった状態で、心筋梗塞・脳卒中の大きなリスク因子となります。
心血管イベント全体のリスクがメタ解析データでこれだけ高まるとされています
がんの治療に成功しても、血管が詰まって倒れてしまう——そうしたことが残念ながら珍しくないのが現実です。
サルコペニアへの注意
筋肉量の低下は「サルコペニア」と呼ばれます。加齢や疾患によって筋肉量・筋力が著しく低下した状態のことで、転倒→骨折→入院→要介護というルートで生活の質を大きく落とします。ホルモン療法はこのリスクを加速させます。
前立腺がんの治療をがんばってきた方に、こうした二次的な健康被害で人生の質を落としてほしくない——だからこそ、次に紹介する食事と運動の対策をぜひ実践につなげてください。
代謝を取り戻す食事戦略

ホルモン療法中の食事で最も重要なのは、タンパク質の「量」と「タイミング」です。
タンパク質は1日・体重×1.2〜1.5gを目標に
一般的な成人男性のタンパク質推奨量は1日60〜65gですが、ホルモン療法中で筋肉が失われやすい状態では、体重1kgあたり1.2〜1.5gを目標にすることが推奨されています。
| 体重 | 1日の目標量 | 1食あたりの目安 |
|---|---|---|
| 60 kg | 72〜90 g | 24〜30 g |
| 70 kg | 84〜105 g | 28〜35 g |
| 80 kg | 96〜120 g | 32〜40 g |
主な食品のタンパク質量の目安:鶏むね肉100g=約23g/卵1個=約7g/納豆1パック=約8g。食事に意識的に加えていけば現実的に達成できる量です。
腎臓の機能が低下していてタンパク質制限を受けている方は、必ず主治医にご相談のうえタンパク質摂取量を調整してください。
タンパク質は3食に均等に分散させる
筋肉の合成は食後1〜2時間に最も活発になります。1日分のタンパク質をまとめて夜に食べるより、朝・昼・夜に均等に分けることで筋肉への合成シグナルが1日3回入ります。「朝は食欲がない」という方も、ヨーグルト1個+卵1個だけで約20g以上が確保できます。
骨を守るカルシウムとビタミンD
ホルモン療法中は骨密度の低下も進むため、カルシウムとビタミンDの摂取も欠かせません。カルシウムは乳製品・小魚・大豆製品に豊富で1日700〜800mgが目安。ビタミンDはカルシウムの吸収を助け、鮭・さんま・干し椎茸などに多く含まれます。日光を1日15〜30分浴びることで皮膚でも合成されます。
糖質・脂質の「質」を見直す
インスリン抵抗性が高まりやすいホルモン療法中は、血糖値の管理も特に意識してください。白米・白パンを玄米・全粒粉パンに切り替えるだけで血糖値の上昇が穏やかになり、内臓脂肪もつきにくくなります。脂質は揚げ物・加工食品に多いトランス脂肪酸を減らし、青魚・オリーブオイル・ナッツ類の不飽和脂肪酸を増やすことで血管への負担が軽くなります。
「食べる量を減らす」のではなく、「何を食べるかを変える」——これがホルモン療法中の食事改善の出発点です。
代謝を取り戻す運動戦略|自宅でできる筋トレ3種

代謝を取り戻すためには、まず下半身の筋トレから始めましょう。人間の筋肉の約70%は下半身に集中しており、太もも・お尻・ふくらはぎといった大きな筋肉を鍛えることで基礎代謝の回復効率が最も高くなります。また、下半身の筋力は「転倒予防」「骨密度の維持」「血流の改善」にも直結するため、ホルモン療法中の体を守る上で最優先です。
1セット10回 / 週3回〜
1セット15回 / 1日2〜3セット
1セット10回〜
理想は週2〜3回の筋トレに加え、有酸素運動(ウォーキングなど)を週3〜4回組み合わせることです。ただし、まず筋トレを習慣にすることを最優先にしてください。
筋肉量が回復して疲れにくくなるまでには約3ヶ月かかります。最初からすべてを完璧にやろうとしなくても大丈夫です。「今日は疲れた」という日は、5分だけやる——この最低ラインを設けるだけで習慣は途切れにくくなります。5分だけのスクワットでも、ゼロとは大きく違います。その積み重ねが3ヶ月後の体を作ります。
受診時に主治医へ確認してほしい3つのポイント

ホルモン療法中の体重管理は、自己流でやるより主治医と連携して進めることが重要です。食事・運動の具体的な内容は骨転移の有無や心疾患の状態によって変わります。次回の受診時に以下を確認してみてください。
体組成の測定
体重だけでなく、筋肉量・体脂肪率・骨密度を定期的に測ることで治療の影響をより正確に把握できます。体重が変わらなくても、筋肉が脂肪に置き換わっている場合があります。
血液検査の項目確認
ホルモン療法中は血糖値・HbA1c・中性脂肪・LDLコレステロールの変化を定期的に確認することが大切です。「心血管リスクと血糖の検査も入れてもらえますか」と伝えてみてください。
運動の可否・種類の確認
骨転移がある方や心疾患をお持ちの方は、運動の種類や強度に制限が必要な場合があります。今回紹介した運動を始める前に、「自分にはやって大丈夫ですか」と必ず確認してください。
- 体重増加はテストステロン低下による代謝変化です。血糖値やインスリン抵抗性にも影響が出るため、単に食事量を減らすだけでは逆効果になります。
- タンパク質は1日・体重×1.2〜1.5gを3食に均等に分散して摂ることが食事改善の基本です。腎機能に問題がある方は主治医にご相談を。
- 下半身の筋トレ(スクワット・カーフレイズ・ヒップリフト)を週2〜3回から始めましょう。最初の3ヶ月は「疲れた日は5分だけ」でも続けることが大切です。
- 心血管リスクと骨密度の低下は重大な問題です。主治医と定期的に体組成・血液検査を確認しながら管理しましょう。
よくあるご質問
Q. 前立腺がんのホルモン療法で太るのはなぜですか?
A. ホルモン療法(アンドロゲン遮断療法)によってテストステロンが低下すると、筋肉の合成力が落ち、脂肪がつきやすくなります。同時に基礎代謝が低下し、内臓脂肪の増加やインスリン抵抗性の上昇も起こります。これは意志の問題ではなく、ホルモン治療による予測可能な代謝変化です。
Q. ホルモン療法中の体重増加を防ぐには、何が有効ですか?
A. 食事面では体重1kgあたり1.2〜1.5gのタンパク質を3食に均等に摂ることが重要です。運動面では有酸素運動だけでなく、スクワット・カーフレイズ・ヒップリフトなどの下半身筋トレを週2〜3回行うことが効果的です。単純に食事量を減らすだけでは筋肉がさらに落ちて逆効果になります。
Q. ホルモン療法で心筋梗塞や脳卒中のリスクが上がりますか?
A. はい、複数のメタ解析でホルモン療法を受けている前立腺がん患者さんは、受けていない方と比べて心血管イベント全体のリスクが少なくとも1.2〜1.5倍以上高まるとされています。内臓脂肪の蓄積・血糖値の上昇・筋肉量の低下が重なることでメタボリックシンドロームを引き起こすためです。定期的な血液検査と生活習慣の見直しが重要です。
Q. ホルモン療法中の疲れやすさは改善できますか?
A. 疲れやすさの多くは筋肉量の低下が原因です。動かないとさらに筋肉が落ちて疲れやすくなる悪循環に入るため、「疲れているからこそ少しだけ動く」という発想が重要です。筋肉量が回復して疲れにくくなるまでには約3ヶ月かかりますが、最初は1日5分のスクワットから始めるだけでも確実に変化につながります。

