
「PSAがまた上がってきた」
「ホルモン治療が効きにくくなってきたかもしれない」
——主治医からそう告げられたとき、頭が真っ白になった方もいるのではないでしょうか。
しかし、これは「終わり」ではありません。次の一手は、確かにあります。
実際、日本では前立腺がんは男性のがんの中で罹患数が最多であり、ホルモン治療を受けている患者さんの多くが数年以内にこの局面を経験します。
つまり、特殊なことではなく、前立腺がん治療の経過の一つなのです。
この記事では、所沢いそのクリニック院長が、この局面で取り得る治療選択肢を分かりやすく整理してお伝えします。
ホルモン治療が効かなくなる =「去勢抵抗性前立腺がん(CRPC)」とは

前立腺がんは、男性ホルモン(アンドロゲン)を「エサ」にして増殖します。
ホルモン治療(アンドロゲン除去療法:ADT)は、薬や注射で男性ホルモンを極限まで下げることでがん細胞の増殖を抑える治療です。
多くの患者さんでPSAが著明に低下し、がんの進行を抑えることができます。
しかし、ホルモン治療は「ずっと効き続けるわけではない」という限界があります。
平均的には2〜3年程度でPSAが再上昇するケースが多く、これが「ホルモン治療の限界」という局面です。
去勢抵抗性前立腺がん(CRPC)の定義
- 男性ホルモンを十分に抑えているにもかかわらず(血中テストステロン値が去勢域:50 ng/dL未満)PSAが再上昇する状態
- 英語では Castration-Resistant Prostate Cancer(CRPC)と呼ばれます
- PSAの上昇や画像上の進行で診断されます
なぜこうなるのでしょうか。
がん細胞は非常に変化しやすく、治療を続ける中で「ホルモンがなくても動けるように変異した細胞」が生き残り、それが増えていきます。
いわば「がんが環境に適応した状態」です。
これは治療が失敗したわけでも、体が弱ったわけでもありません。
大切なのは、「次の段階に移るサインが来た」と捉えることです。
PSAがゆっくり上昇しており転移のない状態が続く患者さんも多く、CRPCになっても直ちに命に関わるわけではありません。
焦らず、でも早めに動く——これが鍵です。
次の治療を決める2つの判断ポイント

CRPCになったとき、次の治療は「状態によって」大きく異なります。
医師が治療方針を決める際の主な判断軸は以下の2点です。
PSAがどのくらいのスピードで上がっているか(PSA倍加時間)
進行スピードによって対応の緊急度が変わります。
転移があるかどうか(転移の有無)
CTや骨シンチグラフィー、PSMA-PETなどの画像検査で確認します。
転移がない場合の治療選択肢(非転移性CRPC)

PSAが上昇しているものの、画像で骨やリンパ節などへの転移が確認されない状態を「非転移性CRPC(nmCRPC)」といいます。
この段階で主に検討されるのが、新規ホルモン剤(次世代ARシグナル阻害薬)です。
非転移性CRPCに使われる主な新規ホルモン剤
・エンザルタミド:アンドロゲン受容体(AR)を多段階でブロックする飲み薬。
・アパルタミド:ARブロックに加え、核内移行も阻害。
・ダロルタミド:ARブロック薬の中でも中枢神経への移行が少なく、他の薬との相互作用が少ない。
臨床試験のデータでは、これらの薬を使うことで転移が出るまでの期間を約1.5年から約3.5年に延長——つまり2倍以上の時間を稼げる可能性が示されています。
いずれも飲み薬で外来通院しながら服用でき、多くの患者さんが日常生活を続けながら治療を継続しています。
💡 「治療を変える=悪化した」ではありません
- 「まだ大丈夫」と様子を見続けることが、治療の選択肢を狭める可能性があります。
- 新規ホルモン剤への切り替えは「治療を前進させること」です。
- 副作用(疲労感・ふらつき・血圧変動など)は主治医と相談しながら管理可能なケースがほとんどです。
転移がある場合の治療選択肢(転移性CRPC)

骨・リンパ節などへすでに転移がある状態でホルモン治療が効かなくなったケース(転移性CRPC:mCRPC)では、より多くの選択肢を組み合わせて使うことができます。
① 新規ホルモン剤
非転移性CRPCと同様に、エンザルタミド・アパルタミド・ダロルタミドが使用できます。
加えて、アビラテロン酢酸エステル(副腎でのアンドロゲン産生も抑える薬)も選択肢に入ります。いずれも保険適用です。
② 化学療法(抗がん剤治療)
骨転移が広範囲だったり進行が速い場合には、抗がん剤が検討されます。
代表的な薬剤はドセタキセルとカバジタキセルです。「抗がん剤=入院」ではなく、外来で受けながら日常生活を続けている患者さんも多くいます。
③ 核医学治療(ラジウム-223)
ラジウム-223は骨転移に対して直接ダメージを与える放射性薬剤です。
骨転移が中心のケースで有効で、日本でも保険承認されています。
骨関連事象(骨折・脊髄圧迫など)のリスクを下げる効果も示されています。
④ ルテチウムPSMA治療(177Lu-PSMA)
近年最も注目されている治療の一つがルテチウムPSMA治療です。
前立腺がん細胞の表面に多く発現するPSMAというタンパク質を標的にして、放射性物質(ルテチウム-177)を直接がん細胞に届けてダメージを与えます。
ホルモン剤や抗がん剤の効果が不十分になってきた段階での有効性が大規模試験(VISION試験)で示されており、日本でも保険承認されています。
📌 転移性CRPCでも「もう何もできない」わけではありません
- 新規ホルモン剤 → 化学療法 → 核医学治療……というように段階的に組み合わせることができます
- 「どの段階でも次の治療はある」というのが現在の前立腺がん治療の現実です
- 体の状態・他の病気の有無・これまでの治療歴によって最適な組み合わせは個人差があります
見落とされがちな「薬の順番」の重要性

多くの患者さんが見落としがちな、非常に重要なポイントがあります。
薬を変えるとき、順番は何でも同じではありません。
新規ホルモン剤(エンザルタミド・アパルタミドなど)は、いずれもアンドロゲン受容体(AR)に作用する類似した仕組みを持っています。
そのため、1剤目に耐性が生じた細胞は、同じ仕組みの2剤目にも反応しないケースがあることが分かっています。
⚠ 「とりあえず次の薬に変えればいい」は単純すぎます
今どの薬をどのタイミングで使うか——この順番と組み合わせが、その後の治療の幅を大きく左右します。
個人差も非常に大きく、体質・既往症・これまでの治療歴によって最適な選択は変わります。
こうした治療の組み立ては、泌尿器科専門医でないと最適な判断が難しい領域です。
「今の治療が効きにくくなってきたかな」と感じた段階で、早めに泌尿器科専門医に相談すること、場合によってはセカンドオピニオンを検討することをお勧めします。
「先生に聞いてもいいのかな」と遠慮する必要はありません。
「次の選択肢を教えてください」「他に使える薬はありますか」と率直に質問してください。
最新の治療動向——遺伝子検査・PARP阻害剤・ルテチウムPSMA

遺伝子検査とPARP阻害剤
近年、遺伝子検査が前立腺がんの治療選択に大きく影響するようになっています。BRCA1・BRCA2などDNA修復関連遺伝子に変異がある患者さんでは、PARP阻害剤(オラパリブ・ルカパリブ・ニラパリブなど)という薬が効果を発揮することが分かっています。
PARP阻害剤は、がん細胞のDNA修復機能を妨げることでがん細胞を死滅させる比較的新しい治療薬です。
「遺伝子検査を受けたことがない」という方は、主治医に相談してみてください。
免疫チェックポイント阻害剤
免疫チェックポイント阻害剤(ペムブロリズマブなど)の前立腺がんへの応用研究も進んでいます。
現状では特定の遺伝子的特徴(MSI-High・dMMR)を持つケースへの適応にとどまりますが、今後広がる可能性があります。
「選択肢は増えている」という現実
5年前・10年前には存在しなかった治療が今では保険適用で受けられるようになっています。
「去勢抵抗性になった=もう打つ手がない」という時代は過去の話です。治療を続けるうえでの支えとして、ぜひこの事実を頭の片隅に置いてください。
よくある質問

A. 「効かなくなった=終わり」ではありません。去勢抵抗性前立腺がん(CRPC)になっても、新規ホルモン剤・抗がん剤・核医学治療(ルテチウムPSMA・ラジウム-223)・PARP阻害剤など、複数の治療選択肢があります。PSAの上昇速度や転移の有無に合わせて段階的に治療を組み合わせることが可能です。
A. 男性ホルモン(アンドロゲン)を薬や注射で十分に下げているにもかかわらず(血中テストステロンが去勢域)、PSAが再び上昇してくる状態です。がん細胞がホルモンなしでも増殖できるように変化した状態であり、ホルモン治療を受けている患者さんの多くが数年以内に経験します。
A. 気づいた時点でなるべく早めに相談することをお勧めします。PSA倍加時間や転移の有無によって次の治療が変わります。「まだ大丈夫」と様子を見続けることが、治療の選択肢を狭める可能性があります。
A. まずエンザルタミド・アパルタミド・ダロルタミドといった新規ホルモン剤が検討されます。いずれも飲み薬で保険適用済みです。臨床試験のデータでは、転移が出るまでの期間を2倍以上延長した結果が示されています。
A. はい、日本でも保険承認されています。前立腺がん細胞の表面にあるPSMAというタンパク質を標的にして放射性物質を届ける核医学治療で、ホルモン剤や抗がん剤の効果が不十分になってきた段階で有効なケースがあります。実施できる施設が限られるため、対象となるかどうかは専門医にご相談ください。
この記事のまとめ

- ホルモン治療が効かなくなる(去勢抵抗性前立腺がん:CRPC)は、治療経過の一つであり「終わり」ではありません
- 次の治療は「PSAの上昇スピード」と「転移の有無」によって変わり、新規ホルモン剤・化学療法・核医学治療など複数の選択肢があります
- 薬の順番と組み合わせが治療の幅を左右するため、泌尿器科専門医への早めの相談が重要です
- BRCA遺伝子変異のある方にはPARP阻害剤が有効であり、遺伝子検査を検討する価値があります
- 「去勢抵抗性になった=もう打つ手がない」という時代は過去の話。選択肢は確実に増えています

