前立腺がんと遺伝の関係

院長ブログ

こんにちは!所沢いそのクリニック院長の磯野誠です。

今回は、「前立腺がん」と「遺伝」の関係について解説します。

前立腺がんと遺伝はどのくらい関係している?

「父が前立腺がんと診断された。自分もなるのだろうか」
——そんな不安を持ちながら、なかなか医療機関に足を運べていない方は少なくありません。

まず事実から整理します。

前立腺がんは現在、日本人男性で最も多く診断されるがんです。年間で約10万人が新たに診断されており、この数字は年々増加しています。

そして、これだけ多いにもかかわらず、前立腺がん患者さんの5〜10%は遺伝的な要因が強く関わっていると考えられています。
これを「遺伝性前立腺がん」と呼びます。
生活習慣だけで説明がつくものではなく、遺伝子レベルでがんになりやすい体質が引き継がれているということです。

家族歴によってリスクが上がるケースは、大きく2パターンあります。

家族歴のパターン リスクの目安 注意点
父親が前立腺がん 約2〜3倍 発症が60歳未満だった場合はさらにリスクが高い
祖父・父親の両方に前立腺がん さらに上昇 複数の血縁者に該当する場合は要注意
母親・祖母に乳がん・卵巣がん 2〜6倍(BRCA2変異では5〜7倍) ※この記事で最も重要なポイント。次章で詳しく解説

2つ目のパターン、つまり母方の乳がん・卵巣がん歴が前立腺がんリスクに影響するという事実は、まだ多くの方が知らないことです。次の章でその仕組みを詳しく解説します。

乳がんと前立腺がんをつなぐBRCA遺伝子とは

乳がん・卵巣がん・前立腺がん——一見バラバラに見えるこれらのがんを、一本の線でつなぐ遺伝子があります。それがBRCA遺伝子です。

BRCA遺伝子の正常な働き

私たちの細胞は毎日、紫外線や活性酸素によってDNAにダメージを受けています。
BRCA遺伝子は、そのダメージを修復する「ゲノムの守護者」として機能しています。
正常に働くことで、細胞ががん化するのを防いでいます。

変異があると何が起きるか

BRCA遺伝子に「変異」がある方は、DNA修復機能が正常に働きません。
その結果、がん化した細胞を抑えられなくなり、乳がん・卵巣がん・前立腺がんなど複数のがんリスクが上昇します。

⚠️ 重要:BRCA変異は男女を問わず50%の確率で子に遺伝します
お母さん側にBRCA変異があれば、息子にそのまま遺伝する可能性があります。
「母が乳がんだった」「祖母が卵巣がんだった」という家族歴が前立腺がんリスクに直結するのはこのためです。
遺伝子 前立腺がんリスク 特徴
BRCA1変異 一般の約2〜3倍 乳がん・卵巣がんへの関連が特に強い
BRCA2変異 一般の5〜7倍 前立腺がんへの影響が特に大きい。悪性度の高いタイプになりやすい

遺伝性前立腺がんの特徴:通常とは何が違うのか

BRCA変異に関連した前立腺がんは、通常の前立腺がんとは性質が異なります。
この違いを知っておくことが、早期発見のために非常に重要です。

項目 通常の前立腺がん BRCA変異関連の前立腺がん
進行速度 比較的ゆっくり 速い傾向がある
悪性度 低〜中リスクのケースも多い 高悪性度になりやすい
監視療法(経過観察) 適応となるケースも多い 途中で治療移行が必要になるケースが多い
転移 進行してから 診断時にすでに骨・リンパ節転移があることも

「症状がないから大丈夫」という判断が、遺伝リスクのある方には特に危険です。
前立腺がんは初期にほぼ無症状です。排尿困難や血尿などの症状が出た頃には、すでに進行しているケースが少なくありません。

だからこそ、症状を待たずに定期的な検査を受けることが重要なのです。

自分のリスクをチェックする

ご自身の家族歴を振り返ってみてください。以下のいずれかに当てはまる方は、この先の検診スケジュールが特に重要になります。

チェック①:父方の家族歴

  • 父親が前立腺がんと診断されたことがある
  • 祖父(父方)が前立腺がんと診断されたことがある
  • 父方の叔父・兄弟に前立腺がんがいる
  • 血縁者が60歳未満で前立腺がんを発症した

チェック②:母方の家族歴(特に重要)

  • 母親が乳がんと診断されたことがある
  • 祖母(母方)が乳がんまたは卵巣がんだった
  • 母方の姉妹に乳がん・卵巣がんがいる
  • 母親・祖母が50歳未満で乳がんを発症した

さらにリスクが高い状況

  • 同じ家系に、前立腺がん・乳がん・卵巣がん・膵がんなど複数のがんが集まっている
  • 血縁者に60歳未満でがんになった人が複数いる
「70代でがんになったから大丈夫」と思っていた方も注意が必要です。
発症年齢が若かった場合や、複数の血縁者に同種のがんが見られる場合は、遺伝リスクが高い可能性があります。

何歳から・何の検査を受けるべきか

PSA検査とは

PSA(前立腺特異抗原)検査は、採血1本で前立腺の状態を確認できる血液検査です。
痛みなく外来で気軽に受けられ、前立腺がんの早期発見に最も有用な検査です。
一般的には50歳からの定期受診が推奨されますが、家族歴がある方にこの目安は当てはまりません

📅 リスク別・検査開始年齢の目安

【リスク①】父親または祖父に前立腺がんがある場合

  •  40歳からPSA検査を年1回
  •  PSAが3.0 ng/mLを超えたら泌尿器科専門医に相談(一般基準値は4.0だが、リスクがある方は低めの閾値で動くことが望ましい)

【リスク②】父方の前立腺がん歴+母方に乳がん・卵巣がんの家族歴もある場合

  •  BRCA変異が関わっている可能性が高い
  •  40歳からのPSA検査を基本にしながら、泌尿器科または遺伝外来に相談して検査頻度・方針を専門医と決める

【リスク③】家系に複数のがん、または60歳未満での発症が多い場合

  •  遺伝リスクが最も高い段階
  •  40歳を待たずに泌尿器科を受診し、いつから・何の頻度で検査するかを医師と相談する
  •  「まだ症状がない」「まだ若い」という状況でも、今すぐ動いてください

PSA検査と併用する直腸診について

PSA検査に加えて、直腸診(触診)を行う場合もあります。
医師が肛門から指を入れ、前立腺の大きさや硬さを直接確認する検査で、PSAだけでは見つけにくい異常を検出できることがあります。
泌尿器科を受診した際は、ご自身の状況に合った検査内容を医師と一緒に決めてください。

なお、PSA検査は健康診断のオプション項目として受けられる場合があります。まだ受けたことがない方は、次回の健康診断の際に確認してみてください。

遺伝子検査について

現在の保険適用範囲

日本では現在、BRCA遺伝子検査が保険適用となるのは、転移があり、かつホルモン療法が効かなくなった「転移性去勢抵抗性前立腺がん」の患者さんに限られています

「まだがんと診断されていないが、家族歴が気になる」という段階では、現時点では保険での検査は受けられません。ただし、自費診療であれば検査を受けることが可能です(費用は検査機関によって異なりますが、数万円程度が目安です)。

遺伝子検査を受ける前に知っておくこと

遺伝子検査の結果は、自分だけの問題では終わりません。
変異が確認された場合、その遺伝子はお子さんや兄弟姉妹にも受け継がれている可能性があります。
だからこそ、遺伝子検査は遺伝カウンセリングとセットで受けることが原則です。
専門の遺伝カウンセラーが、検査の意味・結果の受け止め方・家族への影響を一緒に考えてくれます。

BRCA変異と治療薬(PARP阻害薬)

BRCA変異が確認された前立腺がんに対しては、PARP阻害薬と呼ばれる薬が効果を発揮する場合があります。BRCA遺伝子変異によって壊れたDNA修復機能のさらなる弱点を突いてがん細胞を攻撃する薬で、現状では転移のある進行例が対象ですが、遺伝子変異の有無が治療選択肢に直結するという点で、今後ますます重要な情報になっていきます。

まずは泌尿器科または遺伝外来のある病院に問い合わせることから始めてください。「自分はどのくらいリスクがあるのか」「検査を受けるべきか」を専門医と一緒に整理することが、最初の正しいステップです。

よくある質問

Q. 父親が前立腺がんだと、息子の発症リスクはどのくらい高まりますか?

A. 父親が前立腺がんだった場合、息子の発症リスクはおよそ2〜3倍になると報告されています。祖父と父親の両方に前立腺がんがある場合はリスクがさらに上昇します。家族歴がある方は一般の方より早い40歳からのPSA検査が推奨されます。

Q. 母親が乳がんだと前立腺がんのリスクが上がるのはなぜですか?

A. 乳がん・卵巣がん・前立腺がんには共通のBRCA遺伝子が関わっています。この変異は男女を問わず50%の確率で遺伝するため、母親や祖母の乳がん・卵巣がん歴が息子の前立腺がんリスクに直結します。

Q. BRCA遺伝子変異があると、前立腺がんのリスクはどのくらい高まりますか?

A. BRCA変異を持つ男性の前立腺がん発症リスクは一般の方の2〜6倍とされています。特にBRCA2変異では5〜7倍に上るというデータもあります。また悪性度が高く進行が速い傾向があり、定期的な早期検査が特に重要です。

Q. 家族歴がある場合、PSA検査は何歳から受けるべきですか?

A. 父親または祖父に前立腺がんがある方は、一般の推奨(50歳)より早い40歳からの年1回PSA検査が目安です。リスクがある方はPSA値が3.0 ng/mLを超えた時点で泌尿器科専門医への相談をお勧めします。

Q. BRCA遺伝子検査は保険で受けられますか?

A. 現在の日本では、転移があり、ホルモン療法が効かなくなった転移性去勢抵抗性前立腺がんの患者さんに限り保険適用されます。家族歴が気になる段階では自費診療(数万円程度)での検査になり、遺伝カウンセリングとセットで受けることが原則です。

Q. 所沢いそのクリニックでPSA検査は受けられますか?

A. はい、当院では外来にてPSA検査(採血)を受けることができます。家族歴や気になる症状がある方は、お気軽にご相談ください。

まとめ

前立腺がんと遺伝の関係について、3つのポイントを押さえておきましょう。

# ポイント
父方の前立腺がん歴だけでなく、母方の乳がん・卵巣がん歴も前立腺がんリスクのサイン。共通のBRCA遺伝子変異が関わっているため。
BRCA変異関連の前立腺がんは悪性度が高く進行が速い。症状がなくても検診を後回しにしてはいけない。
家族歴がある方は40歳からPSA検査を年1回。PSAが3.0 ng/mLを超えたら泌尿器科に相談する。

今日気づいた家族歴を、次の受診の機会にぜひ医師に伝えてください。
「父が前立腺がんでした」「母が乳がんでした」
——その一言が、あなたに合った検診計画の出発点になります。

この記事を書いた人
院長 磯野誠

 
略歴
・防衛医科大学校卒業 医師免許取得
・研修医(防衛医科大学校病院、自衛隊中央病院)
・陸上自衛隊武山駐屯地医務室(神奈川県横須賀市)で総合診療に従事
・専修医(防衛医科大学校病院)で泌尿器科診療に従事
・陸上自衛隊善通寺駐屯地医務室(香川県善通寺市)で総合診療に従事
・防衛医科大学校医学研究科
・デュッセルドルフ大学泌尿器科学講座(ドイツ連邦共和国)で泌尿器科がんの研究に従事
・陸上自衛隊第11旅団司令部(北海道札幌市)医務官
・恵佑会札幌病院泌尿器科、札幌医科大学病理学第一講座で泌尿器科がんの診療・研究に従事
・我孫子東邦病院泌尿器科で女性泌尿器科・前立腺肥大症・尿路結石の診療に従事
・所沢いそのクリニック開院

資格・所属学会
・医学博士
・日本泌尿器科学会 専門医・指導医
・日本泌尿器内視鏡・ロボティクス学会 泌尿器腹腔鏡技術認定医
・日本泌尿器内視鏡・ロボティクス学会 泌尿器ロボット支援手術プロクター(手術指導医;前立腺・膀胱、仙骨膣固定術)
・日本内視鏡外科学会 技術認定医
・日本透析医学会
・日本生殖医学会
・日本メンズヘルス医学会 テストステロン治療認定医
・ボトックス講習・実技セミナー(過活動膀胱・神経因性膀胱)修了
・がん診療に携わる医師に対する緩和ケア講習修了
・臨床研修指導医

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