「検査を受けて薬を飲んだから、もう完治した。これで安心だ」
「一度かかって治療したから、もう二度とかかることはないだろう」
もし、あなたが今そのように考えているとしたら、それは非常に危険な誤解かもしれません。現役の医師として、多くの患者さんと向き合ってきた経験から、はっきりとお伝えしたいことがあります。
性感染症の多くは、一度治っても体に免疫がつきにくく、条件さえ揃えば何度でも再感染します。
「今日治っても、明日また感染する可能性がある」――。
これが性感染症の最も厄介で、恐ろしいポイントです。今回は、なぜ性感染症は繰り返されてしまうのか、そして無症状の中にどのようなリスクが潜んでいるのかについて、詳しく解説していきます。
1. 2026年、私たちのすぐ隣にある性感染症のリアル
まず共有したいのは、今この日本で起きている「感染症の現実」です。かつて性感染症といえば、「一部の特定の層が罹る特別な病気」というイメージがあったかもしれません。しかし、2026年の今、その認識は完全に過去のものです。
梅毒の爆発的増加と「日常化」
ここ数年、ニュースでも頻繁に取り上げられている「梅毒」の急増。2026年現在もその勢いは衰えず、高い水準で推移しています。特に20代の若い世代を中心に、ごく普通の学生や会社員の間で感染が広がっています。
梅毒は「偽装の達人」と呼ばれ、初期には性器にしこりができたり、全身にバラの花のような発疹(バラ疹)が出たりしますが、これらは痛みがないことが多く、放置しても数週間で自然に消えてしまいます。 しかし、それは治ったわけではありません。菌は体内の深い場所へ潜り込み、数年から十数年かけて心臓や脳に深刻なダメージを与える準備を始めているのです。
「王者」クラミジアのステルス性
そして、日本で最も感染者数が多い「王者」とも言えるのが、性器クラミジア感染症です。この病気の最も怖い点は、「感染しても自覚症状が出ないケースが圧倒的に多い」こと。男性で約5割、女性に至っては約8割が無症状と言われています。
気づかないうちに感染し、気づかないうちに大切なパートナーにうつしてしまう。この「ステルス性」こそが、蔓延を食い止められない最大の要因となっています。
2. なぜ「1回治せば終わり」ではないのか?
「一度病気にかかれば免疫ができて二度とかからない」というイメージは、はしか(麻疹)や水疱瘡などの印象が強いために起こる誤解です。性感染症の多くには、この「終生免疫」がほぼ存在しません。
免疫が作られないという事実
細菌やウイルスが原因となる性感染症(クラミジア、淋病、梅毒など)は、治療によって菌を退治することはできても、体が「二度とかからないための強力なバリア(抗体)」を維持してくれるわけではありません。治療が終われば、またゼロからのスタート。再び菌が体に入れば、体は何度でも感染を受け入れてしまいます。
負のループ「ピンポン感染」
再感染の最も多いパターンが、「ピンポン感染」です。 例えば、あなたが検査を受けて陽性と判定され、処方された薬をしっかり飲んで完治したとしましょう。しかし、その間にパートナーが検査を受けていなかったらどうなるでしょうか。
パートナーが菌を持ったままの状態であれば、あなたが完治した後の性交渉で、再び菌があなたへと戻ってきます。まさに卓球のピンポンのように菌が行き来してしまうのです。「自分は治したはずなのに、なぜまた再発したんだろう?」と悩む方の多くは、このループに陥っています。
3. 喉(のど)への感染という盲点
最近、臨床の現場で非常に増えているのが「咽頭(いんとう)感染」、つまり喉への感染です。 性感染症は性器だけの病気ではありません。オーラルセックスなどの行為によって、喉にクラミジアや淋菌が感染することが分かっています。
「ただの風邪」だと思い込んでいませんか?
喉に感染しても、多くの場合は無症状、あるいは「少し喉がイガイガするかな?」程度の軽い違和感しかありません。そのため、多くの人が「風邪の引き始め」と勘違いして、市販の風邪薬を飲んで済ませてしまいます。
しかし、通常の風邪薬(抗生物質が含まれていないもの)では性感染症の菌は死にません。喉に菌を飼ったままの状態で性交渉を行えば、そこからパートナーの性器へ、あるいはパートナーの喉へと感染が広がっていきます。この「喉の盲点」が、近年の感染拡大の大きな穴となっているのです。
4. 放置が招く、未来への深刻な代償
性感染症を「たかが性病」と軽く考えるのは非常に危険です。今、目の前に症状がないとしても、体内では着実に未来の可能性を奪う炎症が進んでいるかもしれません。
将来の妊娠・出産への影響
特に女性の場合、クラミジアや淋病を放置すると、炎症が子宮を通って卵管へと吸い上げられていきます。そこで「卵管炎」や「骨盤内炎症性疾患(PID)」を引き起こすと、卵管が癒着して塞がってしまい、不妊症の直接的な原因となります。 また、運良く妊娠できたとしても、卵管が狭くなっていることで「子宮外妊娠」のリスクが高まることも医学的な事実です。
男性の場合も同様です。精子の通り道である副睾丸(精巣上体)に炎症が起きると、精子の質が低下したり、通り道が塞がったりして、男性不妊を招くことがあります。
赤ちゃんへの垂直感染
もし感染に気づかないまま出産を迎えると、産道を通る際に赤ちゃんに感染する「垂直感染」が起こります。これが原因で、新生児が肺炎や結膜炎を発症し、重症化するケースも報告されています。自分だけの問題ではなく、守るべき新しい命にも関わる問題なのです。
5. 検査は「今の自分」と「大切な人」を守る愛の形
ここまで少し厳しいお話もしましたが、私が最も伝えたいのは「怖がらせること」ではなく「正しく知って、早めに対処してほしい」ということです。
性感染症は、早期に発見さえできれば、多くの場合、数日間の服薬や点滴で確実に治すことができる病気です。
検査に対するハードルを下げてください
「性病検査」と聞くと、どうしてもネガティブなイメージを持つかもしれません。しかし、現在の医療現場では、患者さんの負担を最小限に抑える体制が整っています。
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痛みについて: 男性なら尿を採るだけ、女性なら綿棒を使って拭うだけ、喉ならうがいをするだけ、といった痛みのない検査が主流です。
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プライバシーについて: 私たち医師やスタッフは、毎日多くの患者さんを診ています。性感染症を特別なことだとは思っていません。「風邪を引いたから内科へ行く」のと同じ感覚で、恥ずかしがらずに相談していただきたいのです。
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費用について: 症状がある場合は健康保険が適用されます。症状がない場合でも、将来のリスクやパートナーへの安心を考えれば、決して「高すぎる投資」ではないはずです。
「犯人探し」をやめるために
もし感染が発覚したとき、最も辛いのはパートナーとの関係性です。「どっちが先に持っていたのか」という犯人探しを始めてしまうと、関係に深い溝ができてしまいます。 しかし、性感染症は潜伏期間が長く、数年前の感染が今になって牙を剥くこともあります。いつ誰からうつったかを特定するのは、医師でも困難です。
だからこそ、「誰のせいか」を問うのではなく、「二人で治して、二人で健康になろう」という前向きな姿勢が大切です。パートナーと一緒に検査を受けること、それがお互いを大切に想う気持ちの証明ではないでしょうか。
6. まとめ:迷っているあなたへ
最後に、今日お伝えした重要なポイントを3つにまとめます。
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一度治っても安心しない: 性感染症には免疫ができにくいため、何度でも再感染します。完治の診断が出るまで治療を続け、パートナーとの同時治療を徹底してください。
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「無症状」こそがリスク: 症状がないからといって感染していないとは限りません。喉への感染も含め、自覚症状のないまま進行するのが性感染症の怖さです。
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検査は最良の自己投資: 早期発見・早期治療ができれば、将来の不妊リスクや大切な人への感染を防げます。検査は怖いものではなく、安心を手に入れるための手段です。
もし、排尿時の違和感やおりものの変化など、少しでも「いつもと違う」と感じることがあれば、迷わず受診してください。また、全く症状がなくても、新しいパートナーができた時や、結婚・妊娠を考え始めたタイミングは、自分をアップデートする絶好の機会です。
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